2026年6月30日、Visaやマスターカード、Google、ブラックロックなど140社超が単一のステーブルコイン「Open USD」に相乗りすると発表した。日本からもみずほFG、三井住友FG、楽天グループ、PayPayが名を連ねた。ニュースの見出しは「日本もついにグローバルなドル建て網へ」と読める。だが、この記事はその読み方を一度疑うところから始めたい。

見出しの引力と、その裏で起きていること
「140社連合に日本勢も参加」というフレーズは強い。世界中の決済大手が一つのコインに合意した、という絵は分かりやすいからだ。
ただ、この構図に乗ると見落とすものがある。日本勢がOpen USDに名前を出したのとほぼ同じ時期に、日本の銀行と決済事業者は、Open USDとは設計思想の異なる「円建てステーブルコイン」を国内で複数、同時並行で立ち上げているという事実だ。
本記事の主張は一つ。日本勢のOpen USD「参加」は”採用”ではなく、円建て標準がすでに国内で競い始めている現実のうえに置かれた一手にすぎない、ということだ。注目すべきはグローバル連合ではなく、日本国内の標準競争のほうにある。

正直に言うと、私も最初は「へえ、日本のメガバンクもドル建て連合に乗るのか」で読み流しかけた。
踏みとどまったのは、同じ6月に国内でまったく別の動きが立て続けに出ていたからです。
まず事実:Open USDとは何で、日本勢はどう関わったか
Open USDは、独立企業Open Standardが運営する米ドル連動型ステーブルコイン(OUSD)だ。2026年6月30日(現地時間)に発表され、正式な提供開始は2026年後半を予定する(ITmedia、Impress Watch)。
参画企業は発表時点で140社超。Forbes JAPANは6月30日時点で149社と報じ、内訳を決済・フィンテック36社、銀行・金融58社、テックプラットフォーム11社、暗号資産・インフラ44社と伝えている(Forbes JAPAN)。CEOは、Stripeが2024年に約11億ドル(報道では約1,800億円)で買収した決済インフラ企業Bridgeの共同創業者、ザック・エイブラムス氏だ(BigGo)。
設計方針は3点。第一に発行・償還が無料で数量上限なし、第二に準備金の運用益を運営費を差し引いて参加企業へ還元、第三に参加企業の理事会による共同ガバナンス、である(ITmedia、Impress Watch)。要は「発行体が手数料と運用益を総取りする既存モデル(USDT・USDCなど)へのアンチテーゼ」として設計されている。
日本勢はPayPay、みずほFG、三井住友FG(SMBCグループ)、楽天グループが参加を表明した(Impress Watch、Forbes JAPAN)。ここで一つ、控えめに置いておきたい観察がある。報道された日本の参加社リストに、三菱UFJの名前は見当たらない。この点は後で効いてくる。
逆張り:世界は”一つ”へ収斂し、日本は”複数”へ分裂している
Open USDの思想を一言でいえば「大同団結」だ。競合他社が同じコインに乗り、標準を一本化する。
ところが日本国内で起きているのは、方向がまるで逆だ。円建てステーブルコインは、設計思想の異なる系統が同時多発的に立ち上がっている。制度がそれを許しているからだ。2023年6月1日に施行された改正資金決済法は、ステーブルコインを「電子決済手段」と定義し、発行を銀行・信託会社・資金移動業者の3類型に限って認めた(日本経済新聞、NRI)。つまり日本は最初から、単一の発行体ではなく複数の発行者類型を制度に組み込んでいる。
この「制度が多元性を設計している」点こそ、海外と日本の構造的な差分だ。以下、実際に動いている二系統を数字で見る。
系統①:資金移動業型(ノンバンク主導)——JPYC
JPYCは2025年8月18日に資金移動業者として登録され(登録番号 関東財務局長 第00099号)、2025年10月27日に正式発行を開始した。国内初の円建てステーブルコインだ(日本経済新聞、JPYC)。裏付け資産は日本円の預貯金と国債で、Ethereum・Avalanche・Polygonの3チェーンで発行する。
ただし制約もはっきりしている。JPYCの登録は第二種資金移動業で、送金は1回あたり100万円まで。企業間の大口決済にはこの上限が効く(NRI)。この「100万円の壁」自体が、いまの制度が大口B2Bにはまだ最適化しきれていないというシグナルだと私は読む。
系統②:信託型(銀行主導)——メガ3行・SBI・JOC
もう一方の系統が信託型だ。三菱UFJ・みずほ・三井住友の3メガバンクは2026年6月10日、共同発行ステーブルコインについて2026年度中の実取引開始を目指すと発表した。2025年11月から金融庁のFintech実証実験ハブで準備を進めてきたものだ(Impress Watch、日本経済新聞)。
信託型の肝は資産保護の構造にある。3行が共同委託者、信託銀行が受託者(発行体)となる信託契約に基づき発行され、裏付け資産は信託の倒産隔離機能で100%保護される(Impress Watch)。裏付け資産を発行体自身が管理するJPYCとは、”誰が破綻リスクを負うか”の設計が違う。同じ信託型では、SBIが「JPYSC」を2026年度第1四半期に、日本ブロックチェーン基盤が「EJPY」を2026年度内にと、複数が名乗りを上げている(Impress Watch)。



私はメンターでも専門家でもなく、実装の現場を回している人間でもありません。ただ「資金移動業型」と「信託型」を並べると、日本は片方に決めず両方を制度で走らせている——この事実だけは、数字を追うほどはっきりします。
想定される反論を、先に処理しておく
第一の反論は「乱立は非効率で、どうせどれかに収斂する、あるいは海外標準に飲まれる」だろう。だが制度が3類型を明示的に認めている以上、当面は収斂ではなく用途別の棲み分けになる公算が高い。第二種資金移動業のJPYCが小口・個人・Web3向け、信託型が大口B2Bや証券決済向け、という具合に、そもそも守備範囲が重ならない。
第二の反論は「日本勢はOpen USDに参加したのだから、結局ドル建てに寄るのでは」というものだ。ここで先ほどの観察が効く。Open USDに名を連ねたのはSMBC・みずほ・楽天・PayPayで、うちメガ2行は国内では円建ての信託型を並走させている。参加は越境B2Bや情報収集の色が濃く、国内決済でドル建てを主軸に使う理由は薄い。為替リスク、円の裏付け規制、流通を担う電子決済手段等取引業(電取業)の認可が現状ごく限られる(NRIによれば認可は暗号資産交換業のSBIVCトレード1社のみ)——といった制約が、国内ではむしろ円建て標準を後押しする。
本当に面白いのは、日本が「一本化」を選んでいないこと
誰でも書けるまとめは「日本もステーブルコイン時代に突入」で終わる。だが私が一番面白いと思うのはそこではない。日本は”標準を一つに絞る”ことを、制度の段階で放棄している、という点だ。
Open USDが競合をまとめて一本の標準へ収斂させようとするのに対し、日本は資金移動業型と信託型という異なる資産保護モデルを併存させ、どちらが現場に選ばれるかを市場に委ねている。これを一言で名づけるなら「収斂するドル、分裂する円」だ。海外の一般論をそのまま輸入すると、この日本固有の多元性は見えなくなる。
そしてこの分裂は無秩序ではない。速さと柔軟性のノンバンク型、堅牢さと大口対応の銀行型——トレードオフを制度が意図的に両立させている、と読むほうが実態に近い。日本のキャッシュレス比率は2024年に42.8%と初めて4割を超え、政府は将来80%を目標に掲げる(経済産業省)。その残りの「現金前提が色濃く残る領域」、とりわけ中小・越境・インバウンドをどの系統が取るかが、これから問われる。
締め:一本の問い
持ち帰ってほしいのは一点だけだ。注目すべきは「日本がOpen USDに乗ったか」ではなく、「日本の円建て標準が、乱立から棲み分け(あるいは収斂)へどう向かうか」である。参加と採用は、別の言葉だ。
そのうえで、未解決の問いを一つ残しておきたい。2026年度中に信託型メガ3行が実取引を始め、資金移動業型JPYCがすでに走っているとき——大口B2Bの現場は、倒産隔離の信託型と、身軽な資金移動業型の、どちらを選ぶのか。あるいは通貨と用途で静かに棲み分けるのか。これが今後12か月の問いになる。



本日もご覧いただきいありがとうございました!
#ステーブルコイン #フィンテック #決済
出典
- ITmedia NEWS「Google、Visa、Stripeなど140社超がステーブルコイン『Open USD』に参加 みずほFG、楽天など日本勢も」 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2607/01/news083.html
- Forbes JAPAN「グーグル・PayPay・楽天など140社超が支持、共同統治型ステーブルコイン『Open USD』」 https://forbesjapan.com/articles/detail/100092
- Impress Watch「Google・Visaなど140社以上が“オープン”なステーブルコイン『Open USD』」 https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/2121468.html
- BigGoファイナンス「Visa、Mastercard、BlackRock主導、140社連合のステーブルコイン『OpenUSD』発表」 https://finance.biggo.jp/news/478433f0-cb5c-4c1e-aa33-9d92509906d4
- Impress Watch「3メガバンク共同“信託型”ステーブルコイン 26年度中に実取引へ」 https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/2116013.html
- 日本経済新聞「3メガ、年度内にステーブルコイン共同発行 協議会も設置」 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO96805000Z00C26A6EE9000/
- 日本経済新聞「金融庁、JPYCを資金移動業に登録 円建てのステーブルコイン発行へ」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB186IJ0Y5A810C2000000/
- JPYC株式会社 プレスリリース「【国内初】日本円建ステーブルコイン発行へ-資金移動業者の登録を取得」 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000274.000054018.html
- 野村総合研究所 木内登英コラム「米国で進むステーブルコインの規制整備(10):日本では初の円建てステーブルコインが発行へ」 https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi/20250905_2.html
- TIS株式会社 ニュースリリース「TIS、JPYCと日本円建ステーブルコイン決済の社会実装に向けた基本合意書を締結」(キャッシュレス比率42.8%=経済産業省を引用) https://www.tis.co.jp/news/2025/tis_news/20251114_1.html








