日本のオープンバンキングは、銀行で完成してカードで止まった

日本はオープンバンキング後進国だと言われる。だが銀行APIに関しては、法的な義務付けなしに都市銀行・地方銀行・第二地方銀行のほぼ全てが対応を終えた。世界的に見れば、これは珍しい成功例だ。問題は、その成功体験が次の領域で再現できていないことにある。2026年3月、経済産業省の検討会はクレジットカード分野のAPI義務化を見送り、代わりに政府目標を設定した。その目標の文言に、日本のデータ連携政策の性格が凝縮されている。

目次

通説と、実際に起きていること

「日本はオープンバンキングが遅れている」という言い方は、半分しか当たっていない。金融庁の登録一覧によれば、2026年6月30日時点で電子決済等代行業者は125社が登録されている。電子決済等代行事業者協会の照会調査では、会員が提供するAPI接続を利用したサービスは38、その利用ユーザー数は約1,407万人にのぼる(参照系のみ)。

制度としては動いている。銀行法改正(2017年)と未来投資戦略2017の「80行程度以上」というKPI設定が組み合わさり、ハードローによる義務化なしにAPI接続が実現した。同協会自身が政府会議の場で、銀行APIは全国どこでも使えるようになったと総括している。

止まっているのは、銀行の外側だ。クレジットカードと電子マネーのデータ連携は、大手のほとんどが今もスクレイピング接続に依存している。つまり、利用者のIDとパスワードを事業者が預かって、Webサイトにログインして画面から数字を読み取る方式である。

銀行APIの話ばかり追っていると、日本は着実に進んでいるように見えます。私も長らくそう思っていました。分母を「金融データ全般」に広げた瞬間に、絵がまったく変わる。

日本のデータ連携政策は「義務化せずに達成できた」という銀行での成功体験を持っており、それがカード分野でも同じ手法を選ばせている。しかし銀行で機能した条件は、カードでは揃っていない。

なぜカードなのか——数字で見る

キャッシュレスの8割はカードである

経済産業省が2026年3月31日に公表した集計によれば、2025年のキャッシュレス決済比率は58.0%、金額にして162.7兆円だった。その内訳が重要で、クレジットカードが82.7%(134.6兆円)を占める。デビットカード3.4%、電子マネー3.7%、コード決済10.2%と続く。

(なお、この58.0%は国内指標である。2025年12月のキャッシュレス推進検討会のとりまとめを受けて、分母から持ち家の帰属家賃等を除いた指標に見直された。従来の国際比較指標より8〜9ポイント程度高く出る点は、他の数字と並べるときに注意が必要だ。)

決済データの大部分がカードにあり、そのカードのデータ連携がスクレイピングに依存している。これが現状である。

API接続は「ある」。ただし誰と繋ぐかは別問題

ここが今回いちばん面白かった数字だ。日本クレジット協会の調査では、1社以上とAPI接続しているカード会社は取扱高ベースで調査対象の約7割にのぼる。一方、ある電子決済等代行業者から見ると、アクセス口座数の上位30社のうちAPI接続があるのは5社にすぎず、取扱高ベースで約28%だった。

7割と3割。同じ「API接続の状況」を測って、この開きが出る。理由は単純で、API接続の有無と、特定の事業者と接続しているかどうかは別の話だからである。カード会社は自社グループや提携先とはAPIで繋ぎ、それ以外はスクレイピングのまま、という状態が成立する。

想定される反論を先に処理する

「家計簿アプリは現に動いている。カードの明細も取れている。実害はないのでは」——これは正当な疑問だ。4つの軸で見ると、話が変わる。

STEP
接続方式のリスク

スクレイピングは利用者のID・パスワードを事業者に預ける方式である。APIであれば預ける必要がなく、アクセスできる範囲と期間を限定できる。同じ「明細が見える」でも、前提が違う。

STEP
持続可能性——ここが今いちばん効いている

2025年7月28日、金融庁は金融機関に対し、パスキーなどフィッシング耐性のある多要素認証の必須化を含む対策強化を要請した。パスキーは利用者の端末を認証する仕組みなので、代理でアクセスする事業者のサーバーからは原理的に入れない。

つまりセキュリティを高めるほど、スクレイピング接続は成立しなくなる。API化していないカード会社は、遠からずデータ連携が切れる見通しだ。「現に動いている」は、時限付きの現状である。

STEP
接続先の選択権

海外では第三者への情報連携そのものが義務付けられている。EU、英国、オーストラリアは分野横断の法律で義務化しており、対象にはクレジットカード口座も含まれる。日本には分野横断の義務付けがなく、誰と繋ぐかはデータ保有者側が決める。

STEP
コスト負担者

日本は主要国のなかで、アクセスの無償化も、API構築の義務付けも、API標準化も制度化していない。加えて、第三者事業者とデータ提供者の間の契約締結義務を法令で課しているのは日本だけである。英国では決済サービス規則が契約を前提とすることを明示的に禁じている。

本当に面白いのは、政府目標の書きぶりだ

とりまとめが設定した政府目標はこうだ。2028年度末までに取扱高9割程度を占めるクレジットカード会社がシステム初期投資を完了し、「少なくとも自社以外の1社以上」とAPI接続すること。

この一文が本記事の核心である。オープンバンキングとは本来「資格要件を満たす事業者となら誰とでも繋ぐ」義務のことだ。それに対して日本の目標は「1社と繋ぐ」ことを求めている。接続先を選ぶ権利は、依然としてデータ保有者の側に残る。仮に資本関係や業務提携のある1社とだけ繋いでも、目標は達成される。

これを仮に**「選択的オープン化」**と呼んでおきたい。門は開くが、誰を通すかは門の持ち主が決める。数の上では前進として計上されるが、新規参入者から見た景色はほとんど変わらない。

電子決済等代行事業者協会が、とりまとめ公表の3日後に見解を出している。全体としては有益なとりまとめだと評価したうえで、目標について「業務・資本提携などを前提としない電子決済等代行業者とのAPI接続が進むこと」が肝要だと述べ、カード会社によるAPI連携先の自主的な公表を求めた。まさにこの穴を指している。 meti

評価と注文を同じ文書に並べる書き方に、業界団体の立場の難しさが出ています。それでも「1社以上」の抜け道を名指ししたのは、率直な文書だと思いました。

コストの数字は、実は決着していない

義務化見送りの背景には費用対効果の問題がある。カード会社へのヒアリングでは、未対応の事業者が新たにシステムを構築する場合、接続先が限定的でも数億円、接続希望者全てと繋げる形にすると数十億〜100億円かかるという意見もあった。運用費用も年数千万〜数億円規模とされる。

一方で、電子決済等代行事業者協会は別の事例を示している。取扱高1兆円規模のカード会社が、参照系のみ・PCI DSS対象外の領域に構築した結果、総コストは約600万円未満に収まった。差は、どこまでの要件を前提に置くかで生じる。

需要側の数字も厳しい。公正取引委員会の調査では、家計簿サービスの対価として支払える金額を約54%の消費者が0円と回答しており、無料会員のうち月額300円以上を許容する層は約2%にとどまる。構築費を誰が負担するのかという問いに、消費者への転嫁という答えは事実上存在しない。

日本に欠けている「器」

英国にはOpen Banking Limited(OBL)という機関がある。9大銀行の資金拠出で設立され、API標準とセキュリティ標準の策定、準拠確認テスト、統計公表、UXガイドライン策定までを担う。標準化の有無が事業者数に効いた形跡もあり、英国に本社を置く第三者事業者は196社と、EU各国(最大37社)を大きく上回る。

日本では全国銀行協会が電文仕様標準を策定しているが、準拠確認を行う実施団体は存在しない。契約についても、全銀協が条文例を公表しているものの各社ごとの修正が発生し、事務負担が積み上がる。英国が変額定期支払で採っているような、標準化団体を結節点とする契約の一元化にあたる仕組みが日本にはない。

ソフトローで進めるという選択自体は否定されるべきものではない。ただし英国のハードローには、それを実装する器がセットで用意されていた。器のないソフトローが、器のあるハードローと同じ速度で動くと考える根拠は、今のところ提示されていない。

締め

日本のオープンバンキングは、銀行では制度設計と目標設定が噛み合って機能した。カードでは、同じ手法を選びながら、無償化・標準化・実施機関という条件が欠けたまま2028年度末に向かうことになる。

未解決の問いは2つある。ひとつは時間軸のずれだ。フィッシング対策としてのパスキー導入は各社の判断で進むが、API対応の目標年次は2028年度末である。スクレイピングが先に成立しなくなった場合、その間のデータ連携はどうなるのか。

もうひとつは、とりまとめが設置を打ち出した「API連携の推進に向けた協議会」が、接続料の水準という最も難しい論点にどこまで踏み込めるかだ。2026年7月時点で、協議会の設立は公表されていない。今後12か月の問いは、この協議会が「1社以上」を「多数と」に書き換える力を持つかどうかにある。


まとめ

  1. 日本の銀行APIは法的義務なしにほぼ全行が対応したが、キャッシュレス決済額の82.7%を占めるクレジットカードは大半がスクレイピング接続のまま残っている。
  2. 2026年3月の経産省とりまとめは義務化を見送り、政府目標を「2028年度末までに取扱高9割のカード会社が自社以外の1社以上とAPI接続」と設定した。接続先の選択権はデータ保有者側に残る。
  3. 金融庁のパスキー導入要請によりスクレイピングは技術的に成立しなくなる見通しで、API化の遅れは連携の断絶に直結する。

出典

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この記事を書いた人

Fintech業界で働きながら、社内でAI活用推進を担当しています。
専門知識と実務経験を活かし、海外のFintech最新事情、AIテクノロジーの進化と実務応用、ASI(人工超知能)開発の現状と将来展望、そしてこれらが私たちの生活や仕事にもたらす変化について情報発信しています。

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